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NHK地上波『藤子・F・不二雄SF短編ドラマ シーズン3』感想(6月9日~6月12日放送分)

 

 

 

どうも、こんにちは。

 

 

 

 

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6月9日(月曜日)から、NHK地上波で放映されている、

藤子・F・不二雄SF短編ドラマ シーズン3』第1週分の感想です。

 

シーズン3は全12回あるけど、まずはそのうちの4回をお送りするぞ!

 

 

 

 

そして、便宜上「感想」と銘打ってはいますが、そんなに大したことは書いていないので、

その点を踏まえた上で読んでいただければ幸いです。ではどうぞ。

 

 

 

 

 

 

♦換身 (6/9)

 

『換身』の主な登場人物はたった3人しかいないけど、

ドラマになると、各々ひとりで3役演じないといけないから、役者の負担がかなり高そうなエピソードだ!

 

でもどの役者さんも、みな原作のイメージを損なわない好演をなされていました。

あの組長の顔を実写化すると、あんな面白メイクな顔になっちゃうんですね。

 

 

 

そして、藤子作品ではお馴染みのマッドサイエンティスト魔土災炎(まど・さいえん)を演じるのは、佐野史郎さん。

こちらも役柄にかなりハマっておりました。すぐに殺されちゃいましたけど・・・。

 

 

 

 

 

劇中に出てきた「エクトプラズム」という言葉、なんか久しぶりに聞いた気がする。

ドラマ版のエクトプラズムは、各個人によって色が違っていたのも特筆すべき点です。

 

 

 

一応「メモ」として書き残しておくと、五郎のエクトプラズムは黄色。組長は青色。

そして、ヒロインのみどりさんのエクトプラズムは、名前どおりの緑色(みどりいろ)でした。

 

五郎のエクトプラズム、その色のせいで『ドラえもん』のはる夫が作っていた「はなくそボール」を思い出したぞ!

 

 

 

「名は体を表す」とはよく言うけど、「名前」は自身のエクトプラズムの色にも反映されるんですかね。

もしかしたら『みどりの守り神』のヒロイン・深見みどりの魂も緑色なのだろうか?

 

 

 

 

 

『換身』の原作は35ページと、15分尺のドラマにするには少し長めのお話だったので、

みどりと五郎(中身は組長)の映画館デートや、母親に肩たたきをするくだりなどがカットされていた。

 

 

 

まあ、『換身』の原作のボリュームからして、

一部シーンのカットは予想できていたので、さほど驚きはありませんでした。

 

藤子・F・不二雄SF短編ドラマ』もシーズン3まで見続けていると、

「あのお話のどのシーンを抜粋してドラマ化するんだろう?」と考えて楽しむ余裕も生まれてきますね。

 

 

 

 

あと、期待している人がいると悪いので先に言っておきますが、

「みどりがお風呂に入ろうとするシーン」は、もちろんカットされていました。

 

これは「NHKだから」とかじゃなく、描写しなくても本編が成立しそうなシーンは切られて当然って話ですわな。

 

 

 

 

 

原作本編ラストでは、お巡りさんが「女性上位もここまできたか」と呟いてオチになるのですが、

今回のドラマは時代的なアレを考慮してなのか、何もしゃべらないまま終わっていた。

 

まさかの無言エンドだ!

 

 

 

ただ、あのお巡りさんは語らずとも、きっと心の中で何かを思っていたに違いない。

あえて喋らないからこそ、原作にはなかった、視聴者にあのお巡りさんの心情を考える余地が生まれたともいえます。

 

 

 

 

ちなみに、X(旧Twitter)でドラマの感想をチェックしていたところ、

原作未読らしき方が「ラストシーンに映っていたお巡りさんは何らかの暗喩だ!」という考察をしている現場を見てしまったこともご報告させていただきます。

 

あの人は原作にも出てくるから、たぶん暗喩じゃないよ!

 

 

 

 

 

 

 

♦タイムマシンを作ろう(6/10)

 

NHKが誇る最新のCG技術によって作り上げた中生代の世界」を見ることができる回!

そして、市村正親・市村優汰親子がドラマ初共演を果たした回でもあったりします。

 

あくまでも、台本に書いてあったセリフをそのまま述べただけとはいえ、

実の息子に「やだぁ~」「おじさんじゃん」と言われてしまった市村正親さんの気持ちや、いかに?

 

 

 

 

原作にあった展開を生かし、冒頭からいきなりドラえもん』の単行本を出して

テレビの前の藤子・F・不二雄ファン達に猛アピールだ!!

 

さらに、松井(主人公のほう)や松井(51年後のすがた)に、

ドラえもん』の第1巻を読ませたりするなど、原作には無いシーンまで追加する徹底っぷりである。

 

 

こうやって、ドラマの中に「ドラえもんネタ」を入れておけば、

藤子ファンが喜ぶとでも思っているのか?・・・喜んじゃうんだよなあ、それが。

(※個人の感想です)

 

 

 

 

 

今回のドラマ改変ポイントは、松井(主人公のほう)の学年が中学生から高校生に変わっていたり

未来の松井は、今から51年後の2076年の世界から来たことになっていたりするなど。

 

 

まあ、ほとんど本編と影響のない改変ですね。

ちなみに原作の松井(51年後)は、2033年から来た設定になっています。今から8年後!?

 

 

 

 

松井が作り上げた(作らせた?)タイムマシンは、ハンドメイドゆえに全てが木製。

なんとなく『キテレツ大百科』の「亀甲船」を思い出すビジュアルであった。

 

ちなみに、今回のドラマを監督した安村栄美さんによると

「『キテレツ大百科』の航時機」や「屋外サウナ」のようなイメージでタイムマシン本体のCG化を依頼したとのことです。確かにそれにも見える!

 

 

 

 

 

「俺が先にタイムマシンを発明した」という既成事実を作るためだけに、

わざわざの中学生の頃の自分のもとまでやってきた、松井(51年後)

 

ただ、こんなムチャな過去改変をやってしまうと、

松井(主人公のほう)がタイムマシンを作り上げた瞬間に、タイム・パラドックスが発生して、松井(51年後)が消滅してしまってもおかしくはなかった

 

 

 

 

それに誰かが消えるなら、まだいいほうで、

Wikipedia「親殺しのパラドックス」の記事によると、

作品によってはタイム・パラドックスを起こした瞬間に宇宙が消滅してしまうケースもあるらしい。

 

たった一人の人間の身勝手に、宇宙全体が巻き込まれてしまうのはまっぴらごめんだ!

 

 

 

「自分がタイムマシンの発明者になりたいから」と、強引にタイムトラベルを繰り返し続けるとか、

これが『T・Pぼん』の世界だったら、確実に怒られているであろう行為だぞ。

 

 

 

 

でも、松井(51年後)が「タイムマシンの発案者」を主張する前に、

杉本(51年後)が止めにかかっていたおかげで、タイム・パラドックスが発生せず、ギリギリで宇宙消滅の危機を防げていた可能性もなくはない。

 

あの杉本(51年後)とかいう男、知らず知らずのうちに宇宙を救っていたのかも。

 

 

 

 

そもそも、タイムマシンのアイデアが2人の雑談から生まれたのなら、

ここは仲良く「共同開発」ってことにすればよかったのに。

 

そこらへんも、なんか色々あったんでしょうなあ。

 

 

 

松井(51年後)が強引な歴史改変をしてでも、

「杉本をタイムマシンの開発者にしたくない」ってくらいに仲が悪くなっていたと思うと恐ろしい。

 

タイムマシンを作って松井と杉本の友情が決裂するより、

一生ふたりが仲良しなほうが、ずっといいですよね・・・。

 

 

 

 

 

 

 

♦俺と俺と俺(6/11)

 

「自分そっくりな人間」と出会ってしまった男のお話。

 

そして、このエピソードの監督は、

season1で『昨日のおれは今日の敵』の制作を担当した方でもあります。

 

偶然じゃないかもしれないけど、「同じ人間がいっぱい出てくる話」とつくづく縁のある人だ。

 

 

 

もしかしたら、この先「シーズン4」以降でも、

『パラレル同窓会』とか『分岐点』とか『ふたりぼっち』とか『ぼくの悪行』とか『ひとりぼっちの宇宙戦争』あたりの監督をやることになるかもしれませんね。

 

(藤子先生のSF短編って「もう一人の自分が出てくる話」がめちゃくちゃあるんだな・・・。)

 

 

 

 

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『俺と俺と俺』で「もうひとりの自分」が出てくるシーンは、

ぜんぶCG合成をしているのかと思いきや、背格好がそっくりの代役を使うことで、編集の手間を軽減する工夫が取られていたらしい。

 

わかりやすく例えるなら、むかし『笑う犬の生活』でやっていた「ひとり忠臣蔵」と同じ撮影方法ですね。(例えが下手)

 

 

 

 

尺の都合なのか、NHK的なアレのせいなのかはわかりませんが、

今回のドラマでは原作にあった喫煙シーンや不倫のくだりがオミットされ、中盤のくだりはだいぶ手が加えられていた。

 

時代の流れとはいえ、これはなんだかショックだ。

 

 

 

でもそのおかげで、黒田(主人公)が最初に見た映画が、

のび太と銀河超特急(1996年3月公開)』だと判明したのでよかったです。

 

平成4年生まれ(ドラマ版設定)だと微妙に年齢があわない気がするけど、後でビデオで見たのだろうか?

 

 

あと原作の黒田って、あんな変な髪型だったっけ・・・?

 

 

 

 

「それぞれが違う人生を歩める」という理由で、

黒田たちは新しく生まれる第三の自分を歓迎していたけど、それを先立つためのお金はどうするんだという心配が勝ってしょうがない。

 

 

 

自分が3人いるなら、自分の代わりに会社にいってもらえるな・・・とか考えたけど、

その生活を実現するには、これまでの3倍稼がないと食っていけなくなっちゃうから、やっぱり面倒くさいことになりそうだ。

 

『俺と俺と俺』が薄い本だったら、美女を3人に増やすとか、頭の悪すぎる利用方法もできそうではあるけど・・・うーん。

 

 

 

例の「クローン培養器」のもとの持ち主も、

アレをどう使いこなせばいいのかわからなくなっちゃったから、地球にあの機械を不法投棄したのかもしれないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

ミラクルマン(6/12)

 

原作では詳細が描かれてなかったけど、課長、あんなイヤなイヤなイヤな奴だったのか。

あれはミラクルマンによって殺されるのもやむ無しですわ。

 

そして、そんな課長と穴兄弟になっていたことを知った木関の心境、お察しします。

 

 

 

 

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さすがに今の時代だとアレなので、原作の賭け麻雀をやっていたくだりは完全排除されていましたが、

その代わり、SNSを利用したネットストーカーまがいの行動をとっていたりなど、また違った方向でのヤバい人間と化していた。

 

 

もしも自分が木関に力を与えた神様だったら、もうこの時点でミラクルパワーをはく奪してたぞ。

邪悪な人間に神の力を宿させてはいけない。

 

 

 

 

ラクルパワーを使えば、手かざし治療はお手のもの。

ギャンブルは基本負けなしですし、強い一念のみで東京都内に巨大な地下トンネルだって作り出せてしまう。

 

 

その気になったら、それこそ新興宗教の教祖様にでもなれちゃいそうな勢いだったものの、

当の木関自身は自分が起こす驚異的なミラクルの数々に、心底怯えきっていた。

 

 

 

 

木関に力を与えた神様は彼の小市民っぷりにガッカリしていた様子でしたが、まあ普通の人間だったらシンプルに怖がりますよね。

麻雀をやったら常に天和や九蓮宝燈が出て続けてしまう人生とか、想像してみただけでも嫌だぞ。

 

 

あの神様も令和のキリストを生み出したかったのなら、

日本よりも宗教文化が根付いていそうな、インドあたりの国でやっていたら、また違った結果が出ていたかもしれませんね。

 

 

 

 

あとこれは『藤子・F・不二雄SF短編ドラマ』シリーズ全体で言えることなのですが、

今回のドラマでは、たった1分ほどの出番しかない役柄にミッキー・カーチス氏を起用するなど、やたら贅沢な配役を度々おこなっている。

 

 

これはスポンサー頼りの民放テレビ局とちがって、

国民からいただいた受信料をそのままドラマの制作費に充てられるNHKだからこそできることなんだろうか?

 

私はこれからも受信料を払い続けるから、NHKも『藤子・F・不二雄SF短編ドラマ』をずーっと作り続けてくれ!!

 

 

 

 

 

 

・・・というわけで、以上、

藤子・F・不二雄SF短編ドラマ シーズン3』第1週目の感想でした。

 

 

 

 

 

<外部リンク>

 

 

 

「うっかりドラマを見逃してしまった!」という方は、

NHKプラスの見逃し配信や、 あした(6月14日)午前0時35分からの再放送をご覧ください。

 

 

 

 

 

<外部リンク>

www.nhk.jp

 

 

 

そして、NHK地上波での『藤子・F・不二雄SF短編ドラマ シーズン3』の次の放送は、

約2か月後の8月25日(月曜日)になるそうです。お楽しみに。

 

 

それではまた、約2か月後にこのブログでお会いしましょう。さようなら。

 

 

 

 

 

 

<シーズン1の感想はこちら>

 

 

<シーズン2の感想はこちら>